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 英単語「resonance」(共鳴)をよく見かけるようになりましたが、

abyss
(意味:語源「底知れず深いもの」から、「深淵、混沌、無限」などに訳されいる)

もこれからよく使われるようになるのでしょうか。

今、「ネオアンジェリークabyss」というアニメが2008年4月から放送されています。このタイトルを知ってすぐさま

ゲーム「TALES OF THE ABYSS テイルズ オブ ジ アビス
(2005年12月発売)

を思い浮かべたのは言うまでもありません。

「abyss」という単語も「resonance」同様、高校までの学習課程ではあまりお目にかかることのない英単語だと思います。 「ネオアンジェリークabyss」は「テイルズ オブ ジ アビス」が発売されていなければ、違うタイトルになっていただろうと思うのは私だけでしょうか?

 しかし、見るようになると立て続けに目に入ってくるものです。「ネオアンジェリークabyss」を知ってから、10年以上前の「TIME」の記事の中に「abyss」の形容詞のひとつ「abysmal」(意味:救いようの無いほどひどい)というのを最近見かけました。形が違うとはいえ、実際に英文の中で見たのは初めてでした。

 「abyss」は今後日本でメジャーな英単語になっていくのでしょうか。少し気になりました。
2008.05.07 Wed l アニメ l top ▲
 小さな女の子がママを助けて欲しいとアンジェリークのところにやってきました。母親は魔物タナトスにエネルギーを吸い取られたようです。以前もアンジェが通っていたメルローズ女学院の生徒がタナトスに襲われ同様の状態に陥った時にアンジェリークの浄化の力で治す事が出来ました。しかし、今回浄化に失敗するという事態になりました。アンジェリークはなぜ治療に失敗したのか。その理由は、

プレッシャー

です。「奇跡が見れる。」と村人が騒ぎ立てたからです。あんなにもジロジロと好奇の目で見られたら、緊張するのは当然。これに打ち克(か)ってこそ真の力だと思うのと同時に、周囲の注目がその対象であるアンジェリークに精神的圧迫を与えているということを気づくべきではないでしょうか。

 なぜ、こんなシーンがストーリーの中に入っているのかといえば、アンジェに一回り成長して欲しいからでしょう。では、このエピソードをどのようにして思いついたのか。それはファンタジーではなく、現実に存在するからでしょう。今年2008年は北京オリンピックが開催される予定です。そして、オリンピックに参加するための切符を手にするべく世界中で、もちろん日本でも、予選会が実施されています。最近、柔道の井上康生選手が2008年4月29日に行われた全日本選手権準々決勝で敗れるという波乱がありました。相手のほうが実力で上回ったから敗退した。その通りです。しかし、世間からの注目が重圧となり実力を100%出し切る事が出来なかった可能性はあると思います。

 一人一人の集中力の強さは遺伝子によって決定付けられていると聞いたことがあります。日本人にはお酒に弱い人がいるのも遺伝子が原因。そこでふと思ったこと、それはプレッシャーに耐える力の強さも遺伝子によって決定付けられているのではないかと。日本人って、総じてプレッシャーに弱いです。過度のストレスによって起こる自律神経失調症に陥る人が多く世間で取りざたされるのも、そのプレッシャーを司る遺伝子が欠落してたりするからじゃないかと。

 スポーツに限らず、マスコミの過激な報道は、真実を伝えさえすれば、注目の的になっている人物が傷つこうとも知ったことじゃないように見えることがあります。カメラ、記事を通して、「大衆」の好奇の眼、悪く言えば、悪意が何千万人分、否世界中に配信されれば数十億人分の眼によって増幅されるのは非常に恐ろしい事です。

 アンジェリークに向けられた村人の視線、それはママを助けてほしいという小さな女の子の切に願う気持ちと同じものではなく、アンジェ自身に向けられたものです。オーブハンター4はどうして村人の視線からアンジェを守ってあげなかったのか疑問です。イケメンが揃(そろ)いも揃って思いやりに欠けています。

 アンジェリークはあまりに出来た子です。可愛い、優しい、スタイルもいい。まさにファンタジーwこの子がこの先どんな困難を乗り越えていくのか楽しみです。

 「ドラクエそーりょ」のそーりょもバハラタで誹謗(ひぼう)中傷を浴びせられたり、地球のへそ内での出来事がトラウマプラスあんなことになってしまったのは「マス」による重圧がストレスとなり彼女を襲ったからに違いないと思ったのは言うまでもありません。
2008.05.06 Tue l アニメ l top ▲
 アキラマキナタナトスと融合してしまっているようです。今回、

「融合する事によって意識をひとつにする」

事へとタナトスは向かいつつあります。

このテーマで頭に思い浮かんだのは、「新世紀エヴァンゲリオン」の「人類補完計画」です。初めの2、3話しか見ていないのですが、「人類補完計画」については何となく知っていて、今回の話と同じテーマを扱っていると感じました。

 個々の意識の垣根を取り払い、ひとつにしてしまうこと、これが正しいのかどうかは分かりません。私にとって全くの未知のことなので。一般的に日本人には意識を統合する事に否定的な人が多いではないでしょうか。

 ですが、このような考えをテーマに持ってくる背景には現実の社会が影響しているのではないかと思っています。現代に至るまで人間の移動手段の進歩で物理的距離は極めて縮まりました。かつインターネットの発達が世界中の知識の集約に寄与し、地球の裏側の人間とでも意見交換をすることが出来るようになりました。これは精神的距離が大きく縮まった事を意味しています。(日本では隣近所との距離は逆に離れているようにも見えますが。)また、日本では無気力・無関心などが話題になり、個性の喪失が20世紀末には囁かれる様になりました。文部省(現在の文部科学省)が「生きる力」を教育の表題に掲げたのも、現実は逆であり、「変化の激しいこれからの社会を」生きる力をもてない人間、すなわち自発的に行動が出来ない人間が出てきたからです。

 物理的距離の縮小、精神的距離の縮小、「個」の喪失などは、「人類補完計画」や「タナトスに人類を融合する事」にベクトルが向いていると私は思うのです。

 私は融合したくありません。ジンの言う通りです。私にとっては、オンライン対戦型ゲームの相手もいなくなってしますし、マキナの豊満な胸を堪能する事も融合してしまったらできなくなる。それらはあまりに痛いです。色んな人間がいるからこそ、何かを生み出すことが価値になります。マンガもアニメも「意識の集合体」となってしまっては必要無いものとなってしまう事でしょう。そんなのは勘弁願いたいです。

 私も意識を集約してしまう事にはジンと同じく否定的です。意識がひとつに集約される事によってもたらされる利点が私には分かりません。だけれども、人類は意識の統合化に向かっていると感じているし、私自身もその方向に無意識に作用を及ぼしているのだろうと思います。それでもなお、アイデンティティを持って精一杯生きたいと思わずにはいられません。

 ドラゴンのマザーの「タナトス」という名前は、ギリシャ神話で死を司る神「タナトス」に由来していると思います。ということは、「意識の集合体」になることは、肉体という器から精神が切り離される事を意味していて、実質「死」と同義であることを示しているのでしょうか。ドラゴノーツ」も「」を扱う作品となりました。「地獄少女」、「シゴフミ」、「死神のバラッド」、「デスノート」・・・立て続けに「死」を題材にした作品がアニメ化されています。「死」を主題としていない作品であれ、仲間が戦闘で散ったり、「タッチ」の上杉和也のように子供を助けて自分が車にはねられたりと、「死」は多くの作品で取り扱われています。アニメ・コミックは文化と認識されるようになってはきましたが、まだ弱い立場にあります。しかし、社会現象を取り入れ、逆に社会現象を起こすほどになったアニメ・コミック。いろんなことを考えさせてくれるこれらを見続けて行きたいと思います。
2008.03.21 Fri l アニメ l top ▲
 沙慈に降りかかる悲劇、これは、ラジオ「ソレスタルステーションOO(ダブルオー)」を聴いて読めてしまいましたが、分かっていても衝撃的でした。沙慈はこれからどこへ向かうのか。私が読んでいるルートは2つ。

1.ジャーナリストとして、ソレスタルビーイングの核心に迫る。
2.戦闘に参加する。

1つ目は沙慈の父親も姉の絹江さんもジャーナリストだったから、その遺志を継ぐのかなと。私としては沙慈のジャーナリスト魂を見てみたいです。 2つ目は、これだけ戦争の悲劇の最中(さなか)にいて、怒りと言う感情が沸き起こらないのだろうかと考えて。「コードギアス 反逆のルルーシュ」のスザクや「ドラゴノーツ-ザ・レゾナンス-」のカズキのように想いの違いはあるにせよ、自らが戦いに赴くのも漢(おとこ)ではないでしょうか。3つ目として「宇宙(そら)を目指すために必死に勉強する。」というのは、話の尺がそこまで長くなるのか分からないので、今の推測ではこの二つ。自分の予想から外れているほうが面白いのですが、どのように進んでも第2部では沙慈が話の中心に関わってくると思っています。しかし、それを知りえるまで、「コードギアス 反逆のルルーシュ2」を挟んで長く待たなければならないのは不満です。

 ガンダム側と太陽炉搭載型MS(モビルスーツ)GN-Xとの攻防はスピード感が増していて見ごたえありました。銀色のMS、GN-Xのパイロットとガンダムマイスターの操縦能力の差はガンダムマイスターが上とはいっても微々たる差でしかないように見えました。ガンダムマイスターは歴代のガンダムパイロットの中では弱いと感じます。今回の戦闘ではパトリック・コーラサワーソーマ・ピーリス、それ以外にもグラハム・エーカーアリー・アル・サーシェスなど優れたパイロットが群雄割拠なため、相対的に弱く見えるのかもしれません。バンダイナムコゲームズのシミュレーションゲームできっと歴代ガンダムを集めたゲームを作ると思うので、その時強さが数値的に分かるのかもしれません。

 今回、「あれ?おかしいな」と思ったのは、

「ガンダムの時代は終わった。これで世界が変わる。」

というような発言をした経済特区・日本のトップ(?)であろう人。こんな発言ができるというのは、さすがです。あっけに取られてしまいました。ガンダムによる変革がなされようとしていたのに、それを食い止めようとしている。したがって、「世界が変わらなくなる」の間違いなんでしょうが、そんな事はつゆとも思っていなさそうなところはリアルです。こんな発言が出来るからこそ、何も変わらない。実社会での人類も現在「滅びの道」をひたひたと歩んでいると思っているので、あまりにおかしくてこのシーン笑ってしまいました。

 よくアニメやマンガ、それにゲームも批判の的にされることが多いですが、真実が「分かりやすく」伝わることも社会的によろしくないという事なのかなと思ってしまいました。

 次回もいろんな意味で面白そうです。
2008.03.04 Tue l アニメ l top ▲
 アニメの開始時間について去年から感じていることがあります。それは、

大きな子供向けのアニメが時間通りに始まらなくなった事です。

番組表に掲載されている時間から1分ほど経過してようやく始まります。

小さな子供向けの番組では決してそんな事はありません。ポケモンは開始時刻きっかりにスタートします。

これはもちろん放送局側の意図が含まれているのでしょう。

 小さな子供向けアニメの場合、時間通りに始まらなければ愚図(ぐず)る子供がいてもおかしくありません。その場合、その番組、その放送局に対して子供の親たちの印象は悪くなりかねません。時間を守らないというのも子供に悪影響ですし。時間を守れなくてもいいという経験が少しずつ蓄積されていけば、大人になった時に幾分かマナーの悪い大人になる事でしょう。したがって、放送局は開始時間を守る事になります。

 では、大きな子供番組向けは?オタク・腐女子は1分遅れてもひたすら観たいという欲求に駆られているんです。不満は大いにあるでしょう。ですが、だからといって観なくなる事はありません。観たくて仕様がないんです。CMが鬱陶(うっとう)しかろうが観たいから観ます。そして、開始時刻から流れる1分ほどのCMも観る事でしょう。視聴率当たりのCM効果が少し大きくなると考えているのかもしれません。

 また、ゴールデンタイムのアニメ以外の番組が午後7時ちょうどではなく1分前から始めるのは、同程度面白い番組であれば、先にチャンネルを合わせた番組をチャンネルを変えさせずに観させるためでしょう。ゴールデンタイムの小さな子供向けアニメ番組が連続している場合、CMを短くしてチャンネルを変える時間を短縮して次の番組を続けて観てもらうようにしているのも放送局側の戦略。放送局側も様々な策を練るものです。

 私の場合は、アニメ開始までの1分ほどの間のCMを観たら観たで悪い印象しか持たないので逆効果になっています。たとえば、パチンコやパチスロにアニメなどをフィーチャーした者が出てきましたが、全く食指が動きません。結局パチンコはパチンコ、パチスロはパチスロ。ギャンブルです。これらが好きな人は好きでかまわないですが、私はギャンブルに金を落とすよりはゲームを買ったりマンガ買ったりなどのほうが金銭的にも時間的にも有効的だと考えているので。むしろ、そうやって若者を取り入れようとするあまり今までのファンである壮年層が離れないかと心配して今います。

 放送局に利益が出ていなければアニメ制作にも支障をきたすと思いますが、視聴者を蔑(ないがし)ろにした行為は自分に跳ね返ってくるという事を考えてほしいものです。



2008.02.28 Thu l アニメ l top ▲
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