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 とにかく、トアが可愛かった。そんな第18話でした。第17話で話が一区切りしました。そして、今回のタイトルの通り、平穏な日常を見ることができましたが、中でもトアの無垢な一面などが描かれていて、話同様、私もこれを見ている間、ほっとする時間を持つ事が出来ました。

 ギオを見て頭に浮かんだのは、「Fate/stay night」のアーチャーの姿です。出来る男は何でもできるということなのでしょうが、こういう設定大好きです。両方とも諏訪部順一さんが声を担当しているところなど、共通点が多そうです。ギオも「男の背中」で語るようなエピソードがあるとまたニヤリとしてしまうのですが。

 ジークリンデ・バウムガルトってこんなに胸大きかったでしょうか。少し驚いてしまいました。

 そして、一番気になったのは、カズキの変貌です。目つきが変わりました。まるで悪魔に魅入られでもしたかのようにです。この目を見た瞬間、ふと頭をよぎったのが、「性善説」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E5%96%84%E8%AA%AC)と「性悪説」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E6%82%AA%E8%AA%AC)という言葉。「エースをねらえ!第22話「卒業試合に涙は無用!」」を観た事もこれらの言葉が浮かぶきっかけでした。

 カズキの場合、ギオカミシナ・ジンに奪われたという想いによって心が闇に包まれてしまいました。この変わりようは外的影響が心に及(およ)んだ結果です。ということは、「人間は生まれつき善である」という孟子の「性善説」のような考えを私は持っているのかと考えました。しかし、カズキは改心するのではないでしょうか。それもまた、外的影響によって。とすれば、本来カズキは善の心を持っていたのか悪の心を持っていたのかは分からない。結局、カズキの心は未成熟で弱く、善悪のメーターのどちらにも針が振れる状態だったのだという結論に私は至りました。アーシム・ジャマールは悪の心が宿ったまま成熟してしまったために心が善に変わるのは難しい。「エースをねらえ!」の音羽京子も悪の心を持っていたけれど、岡ひろみの強い影響で心が善に変わりました。「人間の本性は欲望的存在にすぎないが、後天的努力(すなわち学問を修めること)により公共善を知り、礼儀を正すことができる」と説いた荀子の「性悪説」の考えを私は持っているのかとも考えました。しかし、荀子の言う「欲望」は野性的欲求であって、悪事を働く心とはまた違うと私は思うのです。

 以上のことから、

「人間の心は生まれつき善悪の心を持っているのではなくて後天的に決まり、外的影響が心に変化を及ぼすか否かは心の成熟度合による」

ものだと私は考えているのだと思います。アーシムは心が未成熟な時に悪に染まり、そのまま成熟してしまったため善に戻りにくい。音羽は悪だったけれどまだ心は未成熟のままだったので岡ひろみという強い外的影響で善に変わった。そして、カズキも同様に心が未成熟だったため外的影響で悪になった。また、マキナアキラの死という非常に強い外的影響が、マキナは善の心を持って成熟していたにもかかわらず、一気に心が悪に変化するのを止める事が出来なかったので暴走した。このように考えるとつじつまが合うのではないかと私は思ったのです。

 人間は心があるからドラマが生まれる。このドラゴノーツも、登場人物たちの色々な想いによって今後の展開も面白いに違いないと私は思っています。

ちなみに、「性悪説」の「」は

「人間が美しいものを見ようとしたり空腹感を覚えたり安楽を望もうとしたりするという自然な欲望のことであって、現代日本語のいう「悪」とは異なる」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E6%82%AA%E8%AA%AC

ので注意が必要ですWikipediaに書いてある通りであるなら、かなり多くの人が勘違いしているのではないでしょうか
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2008.02.07 Thu l アニメ l top ▲
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